eM -eNCHANT arM- 批評感想

前文

Xbox360初のレギュラーRPGであり、ほぼ同発でのRPG。
いくら日本人がRPG好き(?)といっても、
かなりの、いや、異常なまでの評判のソフト。
私には世間にあるeMへのやたらと高い評価が疑わしい。
それは私の感覚が世間とは異なるだけなのかもしれない。
これから、何故、私のeMへの評価が低いのかを述べる。
正しいかどうかは各自が判断して欲しい。
あくまでも、私がそう思う、というだけの理由にすぎない。
それを念頭に入れた上で、読んでくれれば幸いだ。

戦闘面について

私はRPGにおいて大切な要素は二つ、
戦闘とストーリーだと考えている。
よってこの二つを分析したい。

まず雑魚戦闘について。
雑魚戦闘はRPGでのプレイ時間の大半を占める。
ここが面白いか否かで、“ゲームとしての”面白さが決まる。
さて、eMには面白いコマンドが用意されている。
それは「オート」という、自動でコマンド入力を行ってくれるコマンド。
その結果、素敵にも見てるだけで雑魚戦闘は終わってくれる。
え……?
そう、見てるだけで、雑魚戦闘は、終わる。
プレイヤーの干渉時間はゼロ。
往々にXboxユーザーは某RPGを、見てるだけのムービーばかり
だなどと揶揄し嫌うけれど、eMは何と、雑魚戦闘ですら見てるだけ。
演出効果の高いムービーならまだしも、雑魚戦闘なんて本当に平坦なもの。
それを、見てるだけ。
これはプレイヤーにとってNowLoadingに等しいとさえ言える。
運悪くエンカウントしてしまい、戦闘が始まってしまったら、
ああ、Loading時間かよ、1分間見てるだけか、ダルィなあ。
ということになってしまう。
しかも、決して“運悪く”ではない。
このゲームのエンカウント率はプレイ時間を水増ししたいせいなのか
やたらと高く、1分の、自分で操作する時間に対して、5分のNowLoading
ぐらいの勢いでNowLoadingが挟み込まれる。

これを苦痛と言わずして何といおう。
これを退屈と言わずして何というのだろう。
一説によれば、親切設計初心者向けでイイ、というらしい。
あまりにも初心者という人間を馬鹿にしたような姿勢だ。
いや、彼らの言う某RPGの受けた理由が“見てるだけ”だとするのならば
この見てるだけ雑魚戦闘は正しく機能し、“彼らに”ウケタ。
彼らは常日頃Xboxのゲームが如何に優れていて
PS2のゲームが如何に劣っているかを力説するが
それの根拠はゲームとしての内容に拠るものではなく、
発売されるハードウェアだけが根拠であることがよくわかった。
つまり、彼らは、Xboxであればほぼ無条件で良ゲーと呼ぶ。
勿論、極端に腐れたゲームは論外であるが、佳作であれば
即座に持ち上げて神ゲー呼ばわりするぐらいに狂信的だ。

脱線の上に言い過ぎた。
そこまでではない。
せいぜい、Xbox360の発売日近辺はソフト不足で、彼らも飢えていたから
よほどクソゲーじゃなければ何でも絶賛する、程度のものだろうか。

閑話休題、話を元に戻そう。
オートが用意され、オートは機能する。
ならばオートを使わなければいいじゃないか!
そういう言葉をよく耳にする。
だが考えてみて欲しい。
オートが人力で行うよりも優れていて、
――例えば、FPSでエイムが超正確など
「オートだから」簡単になりすぎてしまう
という場合ならばオートを制限することは正しいだろう。
しかしeMの場合、オートは人力よりも圧倒的に劣る。
――例えば、打ち消しあう補助魔法をかけあって無駄にターン消費など
劣った上で、ほとんどオートで戦闘は終わってしまう。
オートにあるのは「簡単」ではなく「作業」
オートで終える程度のことを人力で行おうと
それは余計に、無駄に時間のかかる「作業」にすぎない。

私が言いたいのはオートが悪いということじゃない。
こんな作業戦闘ならば、むしろオートがあるお陰で
作業時間が軽減されるのだから歓迎すべきことだ。
重要なのはオートがあることではなくて、
オートで済ませられる程度のシステム&バランスだということ。

別にガチな戦いはRPGには必要ない。
アクションな戦闘システムを用意してあろうとも
ガチガチにアクションな難易度なんざ求めないし
ストラテジックな戦闘システムが用意されていようと
ガチガチに思考を要求するような難易度はイラない。
それなら元からアクションゲームをやるし
元からシミュレーションをやれよ、といったことになる。
RPGの戦闘は
別に脳みそ使うまでもないけれど、
一応脳みそを動かしていられるという
適度で適当な刺激を与え続けてくれる
といった程度のものでいい。
勝つことは保障されている、が、
頭を動かさなければ勝てない。
ぐらいが雑魚戦には丁度良い。
ボス戦は勝てないかもしれない不安を煽りつつ
そこまで脳をフル回転させなくても勝てるぐらい
になっていればもう最高。
二、三度の全滅ぐらいはさせて欲しい。

eMのシステムは思考系で、中々悪くない。
難しいわけではないが、考える余地をくれる。
雑魚戦もオートなら2,3ターンかかるが
マニュアルなら1ターンキルも時には可能、
ぐらいの思考余地はある。
それぐらいしかない。
オートでサクッと戦闘を終わらせるか
マニュアルでチマチマと全キャラのコマンド入力して終えるか。
オートの方が楽。
マニュアルは作業感が若干軽減されるとはいえ、
チマチマとしたコマンド入力に耐えてまで行う面白みがあるとも思えない。
馬鹿AIのゴリ押しで終わる程度という事実前提が、やる気を起こさせない。

本来は、というか私の理想は、
初めて行く土地での雑魚戦は苦労するが、
その土地をクリアする頃にはレベルが上がり雑魚戦も余裕になる。
こういった順序を踏んでくれれば、
たとえレベルが上がって雑魚戦が楽勝でも
過去に苦労した敵を楽に倒しているという、
プレイヤーに与える達成感が、
楽々と倒せるという作業感を軽減してくれる。
しかしeMでは初めて行く土地でも楽勝であり、
その土地をクリアする頃にはハナクソほじりながらでも可能。
これをクソバランスと言わずして何という!

つまりバランスの悪さが目立つ。
雑魚戦は、それでも雑魚だから諦めるとして、ボス戦は厳しい。
バランスが悪いといっても難しくてバランスが悪いのではなく
簡単すぎてバランスが悪い。
ボス戦なのに苦戦することはほとんどない。
全編通しても2,3のボスが少し強い、程度でほとんど弱い。
さすがにオートでは無理だが、とにかく弱いので
“勝った”という充実感、達成感がない。
極めつけはラスボスで、ラスボスまで弱い。

どれだけ想定レベルを(プレイヤーがそのポイントをクリアする予想レベル)
低く見積もっていたのだろう。
私は、なるべく歯応えのあるプレイがしたかったから
寄り道ゼロで必要最小限だけの戦闘しかしてこなかったのに、
それでも楽勝で終わってしまった。
ある人は、つまづくことがないので「テンポが良い」と言うけれど
達成感をなくしてまで、彼の言うテンポが良い、を実践するなら
もはやゲームでなくてもいいぢゃん、とさえ思えてくる。

ストーリーについて

ストーリーは人それぞれ感じ方が違う、
と力説する人がたまに居るけれど、それは逃げに近い。
大体、それを言えば映画批判や小説批判も成り立たなくなるし
そもそもゲームシステム批判だって人それぞれ感じ方が違う、
と言えるわけで、ストーリーだけ不可侵領域にするのはどうかな。

ライトノベル臭く、ギャルゲー臭い。
これがeMの感想。
主人公がモテモテから始まり、
ベタなシナリオ(謎の男の正体など)
ベタなキャラクター(殺人的料理の腕とは、なんてギャルゲー的記号化!)
こんなにもクサイ話を楽しめるなんて、よほど心が“ピュア”じゃないと無理だ。
とにかくチープ。
本編もチープならサブシナリオ(ライガ兄弟の確執など)もベタでチープ。
終幕で、謎の男の正体を知った時の主人公の反応には、
FF8で登場人物全員が過去知り合い同士だったが全員記憶喪失で忘れてた!
ぐらいの寒気がした。
ご都合主義とかを超越した酷さ。

ストーリーがご都合主義や台詞の寒さしか見えないのは
バックグラウンドの掲示が不明瞭であることによる。
これを少しも掲示しないせいで、
親友を救う、以外の筋が見えてこない。
話がブレなくて良いという向きも多少あるが、
こんな筋、面白くも何ともない、陳腐なだけ。
だからeMの面白さというのはキャラクター造形のみに絞られる。
キャラクターの表層を浮かぶ台詞だけがストーリーの味わい。
キャラ萌え~、しか受け取れ無い。
だ、か、ら、ギャルゲー臭い。
このギャルゲー臭さを好ましく思えるか否かが
eMのストーリー評価の分かれ目で(ストーリーじゃないけどさ!)
人それぞれ、という奴であって、あー、臭い臭い、であって……。

バックグラウンドの不明瞭さについて補足。
ゴーレムウォーや右腕を全く語っていないということ。
古き良きRPGみたいに、プレイヤーの想像に任せるからイイ
と言う人がいるのだけれど、それは違う。
例に出される古き良きRPGは、きちんと臭わす言葉をいたる所に用意してある。
部品を示すことでプレイヤーの想像力を自然に喚起させるから良いわけで、
eMのように何にもないところから想像させる、というのは、
ただ単に背景を用意してない手抜き不良品シナリオというだけ。
薄っすらと見えるどころか、何も見えないであり、背景は真っ白。
それがeMのゲーム中に実装された中からみえるバックグラウンド。

その他

木箱をプチプチ壊すとアイテムが手に入る。
一々プチプチと壊さなければ手に入らないアイテム。
こんなところにも「作業」が!
まるでDQの箪笥漁りじゃあないか。
しかも終盤になって気付くのは、木箱を壊して手に入れるアイテムは
どれもどうでもいい代物、という驚愕の事実。

RPGの構造とは、街があってダンジョンがあって戦闘がある。
街で行うことは、例によってやはり、作業。
典型的なオツカイ。
xxxを手に入れて来いという指令が下され
xxxを手に入れるために街の人々に話しかける。
このパターンしかない。
プレイ時間水増ししか思えないぐらいに、街々にこのパターンを入れてくる。
ではダンジョンで行うことは、例外なく当然のように、作業。
典型的なオツカイ。
エーテル、ダンジョンでは街と違ってどのダンジョンであろうと、
手に入れてくるアイテムはエーテルという名前で統一されているのだけれど、
これをx個手に入れて来いという指令が下されダンジョンを探し回る。
プレイ時間水増ししか思えないぐらいに、全てのダンジョンにこのパターンを入れてくる。

街→作業(街の人間と会話してフラグを立てるというパターンのみ)
ダンジョン→作業(何々を取ってくると道が開けるというパターンのみ)
雑魚戦闘→作業(フルオート)
ボス戦闘→手作業(但しEX攻撃で楽勝)
ラスボス→淡々(音楽が淡々としてるから最終形態まだかと通常攻撃してたら終わってた)

街が作業で、戦闘も作業。
eMを貫くキーワードは作業。
そして、このゲームは壮大な皮肉である。
今までイレギュラーなRPGしか作ってこなかったフロムが放つレギュラーRPG。
その真意とは、レギュラーRPGなんて所詮作業だろ、という皮肉にある。
とにかく既存RPGへの皮肉全開なのである。
存在そのものがFF8をせせら笑いつつも、
箪笥漁りインスパイアから始まり、
過剰なチュートリアルは(梯子程度の昇降程度でAボタン押して、と解説)
レギュラーRPGを好むような人種は低脳だから
一々解説してやらなきゃ分からないんだろ?
という強烈な悪意を感じずにはいられない。

結論

作業ゲーム。
Xbox360初のRPG、Xbox360発売日近辺でのRPG
ということを誇大解釈すれば、何とか食える。
けれど、時が経てば、初のRPGとか、
そういった称号は意味を成さなくなる。
冷静にゲームのみの出来を考えてみれば
そこまで持ち上げるほどのものかどうか、
分かるのではないかな?
私は“フロム初”“Xbox360初”“ロンチも同然”
という枕詞を考える必要性があるとは到底思えない。
消費者にとって提供された作品のクオリティだけが全て。
“フロム初”だから少し劣っててもしょーがない
“Xbox360初”だから少し劣っててもしょーがない
“ロンチも同然”だから少し劣っててもしょーがない
わけはない。

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